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August 26, 2005

イラストレーターか芸術家か。

某掲示板で、「デザイナーか芸術家か。」というトピがあり、それにちょこっと書いてみたりしたのですが、一般的な線引きでなく、自分の中での線引きについて、ちょっと書いてみようかな、と。
というか、線引きをする以前に、僕自身は自分のことを芸術家だと思ったことはないし、これからも思うことはないんだろうと思います。でも、そういえば、フリーになりたての頃はイラストをメインにていたわけでなく、何でも屋でやる予定だったんで(今でもある種なんでもありですが)、「創作人」という肩書きをつけていました。ま、英語でいえばクリエーターです。でも、とりあえずは、イラストをメインいすることにしたので、イラストレーターとした方がわかりやすいかな、と思ってイラストレーターの肩書きを2年くらい使っています。
どうも、自分は芸術系の学校を出てないからか、「芸術」というものにあまりピンとはこないんですよね。ま、でも、それは単なる言葉についてであって、結局は肩書きうんぬんよりも実際、できあがった作品・仕事がココロに響くものがあるかどうかというのが重要なんだとは思います。そういう意味では、趣味として作品をつくるのでなければ、デザイナーであれ、アーティストであれ、イラストレーターであれ、芸術家であれ、何かココロに響くものがなければマーケットの中にはいられないわけなので、自分が自分をどう呼びたいかというのをのぞけば本質は同じもののなのかも知れません。
とりあえず、ぼくは自分をどう呼びたいかというと、特別ないと言えばないのですが(笑)やはり現時点で言えばイラストレーターが無難なのかなと。まあ、きれいごとを言えば、肩書きは「森のくじら」です。(きれいごとか?)

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Comments

私の出入りしている某掲示板でも、ちょっと前に大激論になりました。

私個人の(ちょっと極端な)考え方ですが、芸術家かどうかというのは『マーケットを意識しているかどうか』というトコロだと思うのです。
中には「好き勝手に作ったモノが世間で大ヒットの連続!」という幸福な方もいるかもしれませんが、イラストレーターやデザイナーは、企業(クライアント)の「こういうモノを売りたい」「たくさん売って儲けたい」という要望にどれだけ応えられるか、もしくは、自分の創作物を商業ベースで発信し、ビジネスとして成立させることの出来る人なのではと思います。

逆に「売れても売れなくてもいいから、分かってくれる人だけ評価してくれれば良い」というスタンスで製作をしている人が芸術家であり、その人らが作るものは「商品」でも「製品」でもなく単なる「作品」というモノになるのではないでしょうか。

私の知り合いにもそのような感じで絵を描き、別に売り込みをするでもなく、商業的戦略も無くただWebやイベントで発表しているだけの「イラストレーター」がいますが、いくら絵が上手かろうと私はその人をプロとしては認めていません。

しかし、世間ではそのあたりの線引きがよく分かっていない人が殆どなんですけどね・・・。

Posted by: あい | August 26, 2005 02:11 AM

あいさん、こんにちは。
「分かってくれる人だけ分かってくれればいい」というスタンスの人はたしかにいますね。して、そのような人の場合「なんで、自分の世界のよさがわからないの?」という人もいたりしますが(笑)
人と人とのつきあいの中(コミュニケーション)においてもそうですが、やはり自分のことばかり主張する人は人に受け入れられません。相手のことをきちんと意識して礼儀な気遣いなど含めてコミュニケーションがとれる人がやはり、つきあいもしやすいと思います。ビジネスにおいても基本はやはり人to人なので、営業や戦略とともにその辺りも必要になってきますよね。ただ、それは相手の言うがままになるってことではなく、いかに相手にここちよく話をしてもらって、自分もここちよく話をするかという間みたいなものなんでしょうね。それが、うまくいっているとビジネスとして成立することができるのかなって思います。(まあ、人それぞれではありますが。)

また、他の仕事しながら一生懸命、自分の作品をつくり、色々なイベントや公募などに出して、自分の作品が認められるまでひたすらがんばるというのもありですよね。でも、認められたあとには少なからず、そこにビジネス的要素は絡んでくるので、それがイヤで結局ひっこんでしまう人もいるんでしょうね。

究極は、ほんとに自分の創りたいものをつくって、周りで自然にビジネスが動いていく人が本当の意味での芸術家なのかも。

ぼくは、自分を二分化して、ビジネスとしてのイラストレーターを楽しむ自分がディレクションして、それを製作担当である自分が想いを込めて製作するというスタイルで二度楽しんでいます。ふたご座なので。二重人格なのです。

まあ、何にせよ、自分がどういう方向に向かって生きていくのか。ということなのかな、と。それに伴う各種の障害は各自の責任ということで。自分で背負ったものならつらくても歩いていけますからね。軽い荷物背負って軽く歩いていくのもありだと思うし。それぞれの生き様だね。

Posted by: 森のくじら | August 26, 2005 11:47 AM

そもそも「芸術家」なんてシャレ以外で自称するもん違うでしょ?
イラストレーターはイラスト書く人、ってだけだからイラスト書けばそれでOKだろうし、まぁそれでお金もらえてメシくっていければばっちりイラストレーターだろうし。
芸術家とイラストレーターじゃ立ってるところがもう違うと。

と思うのは芸術とかけ離れた人間だから?

Posted by: エリース | August 26, 2005 11:59 AM

ぼくも芸術という言葉とは距離があるので、なんともいえないけど、ああ、この人は芸術家だなあと思う人はいるよ。言うならば芸術家の中にもプロと自称芸術家がいるんじゃないかね。たとえば、先日、太陽の塔を見たけど、ありゃ芸術だと思ったよ。ぼくの作品はどこまでいっても芸術ではないと思うからね。ある意味、画風の違いということもひとつの答えなのかもね。
もう少しつきつめれば「芸術」って何?という概念の話になるだろうから、答えなんてあるようでないようなもんだとは思うけどね。そういう意味で、自分がどう思うかと、そこから出た作品を世間がどう思うかということなんかな。

たとえば、ぼくの画風がもっと美術館にあるような芸術的なもので、それで生活をしていたなら(社会的ニーズがそこにあるなら)、ぼくは芸術家なんだろう。


関係ないけど、あんたの仕事の記事見たよ。読んだけどさっぱり意味がわからんかった(笑)。でも、なんとなく通信機器の進化はなんだかすごいね。

Posted by: 森のくじら | August 26, 2005 12:16 PM

う〜ん、むずかしいことはほんとむずかしくてわからんし
ひとそれぞれだけど、とにかく、ひとのこころを動かせること
はずっとやっていきたいな〜って思います。
それがいちばんたのしいもんね。

Posted by: フジムラ | August 26, 2005 01:15 PM

デザイナーは芸術家か?とはあまり言わないと
思ってたけど言うんですね〜〜。
ちなみにわたしは、デザイナー的イラストレーターだとおもっていますが。
あと、森のくじらさんのいうように創作人、クリエイターかな。

言葉はおもしろいけど、それを定義しようとすると、
その人が現れるようであり、それもおもしろいですね。

イラストレーターとアーティストという議論の他には、
プロとは…みたいな。
いっつもプロ論を語るデザイナーがいて、でも、
その人のプロ論には「締め切り厳守」というのはないです。
なぜならいつも締め切りにあわせられないから(笑)

あと、それ一本で食べられなきゃ、イラストレーターとは呼べない。
って基準を人にも自分にも課せる人がいて、
その人は肩書きに「イラストレーター」じゃなくて
よくわからないものを使っていて、仕事で不利をおこしている人とか。

ちなみに、画家はイコール芸術家と思われているようだけど、
画廊からの要望ばかりをかいて描きたいものが描けないなんて人も
いるみたいだし。

芸術ってなに?ってきっと分からない事だから、みんな語るのかなあ。
わかってることってあまり語らないですよね。
でも、岡本太郎さんのお話は大好き。芸術っていうか人間を人生を語ってるあの熱さ〜。

あ、とりとめもなく失礼しました。

Posted by: ともえ | August 26, 2005 01:24 PM

そうですね。どうしても概念とか観念とかそういう話になっていくと、それぞれの考え方や価値観・人生観などが絡んできて、どんどん複雑化していきますからね。理論的な話であれば、ある程度スッキリとはするんでしょうけどね。

ぼくの根本もやっぱり、「人に何か感じて欲しい」ということで、これは仕事でも作品でもある種共通する根源です。

話全然変わりますが、明宝もいいですけど、白鳥の石徹白もいいですよ。400段の石段のぼって、石徹白の大杉見るとちょっと人生観変わります。そう思うと宇宙飛行士が地球を見た感動ってすごいだろうなって思うのです。

話戻りますが(笑)いろいろと楽しいことできるといいですよね。OPENまであと少し体調崩されないようたのしんでくださねっ。

Posted by: 森のくじら | August 26, 2005 01:25 PM

あ、ともえさん同時書き込みでした(笑)

イラストレーターでもデザイナーでもそうですが、きっとデザイン事務所とか入ったときに自分の好きな絵を描いていたりすると、「きみは芸術家ではなくデザイナーなんだから自分の描きたいもの「だけ」を描いていてはダメだよ。」という話が出るんではないかと。この場合の芸術家というのは悪意はないけど否定的表現なんでしょうね。

まあ、本当に色々な人がいますし、色々な肩書きの人がいますし、
色々皆それぞれの理念に基づいて生きていて、それはそれで皆
すばらしいことだと思うけど、それを人にもあてはめようとするのは
問題がおきるんでしょうね。あくまでも自分の理念は自分にのみ
あてはめれるものですからね。
「人それぞれ」それを言ったらそもそも議論などは
できないですけど(笑)

まあ、でも、自分の中にしっかりと指針を持ちつつそれに甘んじず、時々
議論などをして、自分の意見に対する他者の反応や、他者の意見などを
踏まえて、あらためて自分を見直す時間というのもきっと必要なんでしょね。
過信はやはりまわりが見えなくなってしまいますからね。
そうなるとある種、カルト宗教とかみたいなもんですから。

ちなみに、本当にぼくは芸術って遠い存在なんですよね。(笑)
なので、なんだかよくわかんないのです。というか、普段あまり
芸術について考えたことがないのです。
でも、太陽の塔はすごいなって思った。ひとつは大きさの存在感もあるけど。
でも、あの大きさのものを作らせてもらえたという環境にいきつけたというのは
すごいことだなあと思うのです。

Posted by: 森のくじら | August 26, 2005 02:01 PM

突然ですがぼくはサッカー好きなので、そこらへんのニュースをチェックしていたら、
こないだイタリアの著名なチームの監督経験をもつ方がこんなことを
いってました。「栄光を再現することに興味はあるか?」みたいな質問のあとに、
「あのピカソでさえ、ゲルニカを描けたのはたのはあのときしかなかった。」
ものづくりにおいて、それが芸術であろうと、スポーツの偉業であろうと、
その瞬間とか、その環境とか、すごく大切なことだ。それは取り戻せないくらい。
という重いことばだなあとおもった。

で、石徹白の杉!いまさっそく検索してみましたがこれは写真で見ても
ちょっと桁違いっぽいですね!これは行ってみたいな。

Posted by: フジムラ | August 27, 2005 02:37 AM

>フジムラさんへ。

今、この瞬間。大切なことですよね。未来の何かに向けて今はガマンするという人もいるけれど、ぼくは今自分が楽しいと思うことをやっていきたいなって思っています。そうすれば自然と道は見えてくるのかな、と。将来的ビジョンがあまり明確になっていないというのは経営者としては失格なのかも知れないけど、今をしっかりときづきあげていくことが、ある意味将来的ビジョンをつくっていくこととも一致すると勝手に自分で定義づけてます。今しかできないこと。やっぱ、やっていきたいですよね。フジムラさんが今からやっていくことも、きっと今しかできないこと、いや、今だからできることかな。

石徹白の杉は小雪降る中いくと最高ですが、ちょっと危険。ちなみに普通に今でもガードレールのなく対向車がすれ違えないような道(ちょっとバックしたりすればすれ違えるけど)なので、危険。GWに行った時に、対向車があやうく転落しかけました。そのおっさんはちなみによっぱらってましたけど。

大杉だけじゃなく石徹白はいいですよ。貸切露天風呂もあるし、滝もあるし、もちろん川は透き通っているし。また来月上旬に行く予定です~。たのしみ。

Posted by: 森のくじら | August 27, 2005 02:52 AM

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