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June 21, 2005

キミの目の向こうには。

今日は、ちょっと必要なことがありスーパーへと行きました。スーパーという見慣れた場所も、見方ひとつでとてつもなく面白いものがたくさんありました。普段は気にもしていなかったもの。ついつい忘れがちだけど、世の中なんてそんなものなんじゃあないかなと思います。日々、出会う楽しいこと、悲しいこと、なんでもないこと。大切なことは、それをどのように感じるか。ついつい疲れたココロでそれに向かえば、楽しいことも楽しくなくなるし、悲しいことは余計に悲しくなる。それに対し、日々つっぱねるというのはしんどいと思うので、がらりと何かを変えればいい。そんなに簡単に変わらないというけれど、人はそんなに難しいもんじゃないと思う。
思えば、1冊の本に出会い、色鉛筆を握り締めた時に見た夕焼け。それはいつもと変わらない夕焼け。でも、それは僕にとってははじめて見る夕焼けだった。きっと、きみを安心させてくれるものはすぐそこにもころがっているのかも知れない。きみが動けば世界は変わる。

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Comments

そうなの・・・・・決断力ありそうで、いざとなると鈍るんです。

「石橋を叩き壊して、渡れなくなる」と言われ続けて、
何十年・・・・少し、考えてみます。

Posted by: 恭子 | June 22, 2005 12:02 AM

恭子さん、はじめまして?ですかね?
「覚悟」をするというのは、とても大きな決断だとは思うけど、覚悟をすることで必ず前にすすむことができるから、そうやって少しずつでも前に進んで、それで自分が良いと思う方向に少しずつでも進んでいければとは思ってます。
「覚悟」さえちゃんとできていれば「失敗」なんて言葉はないからね。そして「成功」という言葉もなく。ただ、そこには「自分」があるんだと思います。

Posted by: 森のくじら | June 22, 2005 12:14 AM

周りの状況を変えるにはまず自分が変わらなきゃ・・・ですね。
ホントにそう思います。
見方ひとつで物事の持つ意味が大きく変わりますもんね。
・・・一歩踏み出してみるかな。

Posted by: ジャニス | June 22, 2005 09:33 AM

あくまでも方法論なので精神論は、また別で、「それができないから困ってるのよ」と言われればそれまでなんだけど、それも含めて、自分は自由に動くことができるというのを忘れないで欲しいって思っています。実際、動くことには多くの労力が必要だとは思うけど、その場に踏みとどまって自分を消していく作業をするよりは、自分の足で前にすすんで自分の道を創っていくほうが同じ労力をつかうならいいかな、と。能力とか才能とかじゃなく、「勇気」なんだと思う。そして、その一歩を踏み出すときに背中を押してくれる人がいると尚いい。

舞台セットはもうできあがっているから、それをどう演出・演技するかは自分次第。誰しもが自分というドラマの中では主人公。

それぞれにそれぞれの生き方があり、自分には自分の生き方があり、それが楽しい。

Posted by: 森のくじら | June 22, 2005 12:01 PM

主人公だからこそ、責任を背負って歩いていく。

Posted by: 森のくじら | June 22, 2005 12:03 PM

素敵な文章だぁ。
こういう感じの表現の仕方は凄く好きな物ですから
思わずコメントしちゃいました☆

Posted by: 砂漠の縞馬 | June 23, 2005 12:18 AM

ちょっと語りすぎたので反省したところですが、そう言っていただけると救われます。いつも、ちょっと普段考えていることを、こうして表に出すことで整理したりしています。基本的には誰かに対して、というより自分に対して。
自分から逃げないための策のようなものでしょうか。

Posted by: 森のくじら | June 23, 2005 12:25 AM

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